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広島地方裁判所 平成元年(行ウ)11号 判決 1999年6月15日

広島県深安郡神辺町字徳田六〇二番地の五

原告

藤田健治

右訴訟代理人弁護士

竹田浩二

広島県福山市三吉町四丁目四番八号

被告

福山税務署長 猪木益人

右指定代理人

内藤裕之

山崎保彦

牛尾義昭

小濱兼次

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が昭和六一年三月一二日付けでした原告の昭和五七年分、昭和五八年分及び昭和五九年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因(処分)

原告は、肩書住所地において縫製業を営み、妻を事業専従者とする青色申告者であったが、昭和六一年三月一〇日付で昭和五七年分以降の所得税の青色申告の承認取消処分を受けた。

原告の昭和五七年分、昭和五八年分及び昭和五九年分(以下、総称する場合「本件各係争年分」という)の所得税の確定申告、更正処分、異議申立て、異議決定、審査請求及び審査裁決の経緯は、別表一の一乃至三のとおりである。

本件各係争年分の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分はいずれも違法なものであるから、その取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因第一、第二段の事実は認める。

三  抗弁(適法性)

1  推計

本件各係争年分の更正処分は、所得税法一五六条の推計の方法により、被告が調査により把握した原告の売上金額(別表二「<1>売上金額」欄のとおり)を基礎数値として、これに原告と業種、業態及び事業規模が類似する同業者(以下「類似同業者」という)の平均算出所得率(同表の「<2>平均算出所得率」欄のとおり)を乗じて得た算出所得額(同表の「<3>算出所得の金額」欄のとおり)から、原告の妻藤田雅子に係る事業専従者控除額(同表の「<4>事業専従者控除額」欄のとおり)を控除して事業所得の金額(同表の「<5>事業所得の金額」欄のとおり)を算出してなしたものである。

2  推計の必要性

原告提出の本件各係争年分の所得税の確定申告書には、「青色事業専従者給与額」欄及び「所得金額」欄に数額の記載があるのみで、「収入金額」欄及び「必要経費」欄に記載はなく、また、所得税法一四九条所定の青色申告決算書の添付もなかった。被告の係官は、原告の所得金額を実額計算により把握するため、昭和六〇年七月二六日から昭和六一年二月六日まで数回にわたり臨場により帳簿書類の提示を求めるなどし、調査に対する協力の要請をしたが、原告はこれに応じず、協力しようとする態度はみられなかった。

したがって、推計はやむを得ないところであり、その必要性が存する。

3  推計の合理性

<1> 売上金額(推計の基礎数値)

被告は原告の取引先を調査し、原告の本件各係争年分の売上金額が少なくとも別表二の「<1>売上金額」欄の該当年分の金額を下回らないことを把握した。

その根拠明細は別表三の一乃至三のとおりであり、正確なものである。

<2> 類似同業者の平均算出所得率

広島国税局長は、原告の類似同業者を抽出するため、原告の事業所所在地を所轄する福山税務署長及び隣接地域を所轄する府中税務署長に対し、その管内において本件各係争年分を通じて次のア乃至オの全ての条件に該当する納税者全員を抽出するよう通達した。

ア 本件各係争年分を通じて縫製業を営んでおり、その中途において開廃業、休業又は業態の変更をしていない者

イ 本件各係争年分を通じて所得税の確定申告について、所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者

ウ 本件各係争年分を通じて受託加工が主体である者(全体の売上金額のうち、他から委託されて加工する売上金額が主たる割合を占める者)

エ 事業に係る売上金額が、昭和五七年分につき六七九四万三〇〇〇円以上二億七一七七万一〇〇〇円以下、昭和五八年分につき七六七六万四〇〇〇円以上三億〇七〇五万四〇〇〇円以下、昭和五九年分につき一億〇〇四一万七〇〇〇円以上四億〇一六六万六〇〇〇円以下の範囲内である者(この金額は、被告が把握している原告の本件各係争年分の売上金額のそれぞれ二分の一以上かつ二倍以下の金額である)

オ 更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過している者又はこれらの争訟が係属していない者

右抽出基準により抽出された類似同業者は五名(別表四の一乃至三「類似同業者」欄のとおり)であり、その本件各係争年分における売上金額、算出所得の金額(売上金額から売上原価及び事業主の妻に係る事業専従者給与の額以外の必要経費を控除した後の金額)、算出所得率(算出所得の金額を売上金額で除した割合)、その平均値(平均算出所得率)は、別表四の一乃至三の「<3>算出所得率」欄の「平均」欄のとおりである。

右抽出基準は、資料内容が正確な青色申告者を前提とした上で、業種についての同一性、地域、事業規模、事業形態の近似性から原告との類似性を追求したものであって、抽出された類似同業者数も類似同業者の個別性を平均化するに十分足りるものであり、また、右類似同業者は機械的に抽出され、その抽出過程に恣意が介在する余地もないから、右類似同業者の抽出基準及び抽出過程は、いずれも客観的な合理性を有するものである。

したがって、右のとおり抽出した類似同業者の平均算出所得率による推計は合理性を有する。

4  まとめ

以上のように、前記推計に係る原告の本件各係争年分の事業所得の金額はいずれも本件各係争年分の更正処分における事業所得の金額を上回っているから、本件各係争年分の更正処分は適法である。

また、別表一の一乃至三のとおり原告が本件各係争年分の確定申告を過少に行ったことについて、昭和五七年分及び昭和五八年分には国税通則法六五条二項(昭和五九年改正前のもの)所定の、昭和五九年分には同条四項(昭和五九年改正後のもの)所定の正当な理由は存在しないから、本件各係争年分の過少申告加算税の賦課決定処分も適法である。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2、3<1>は認め、その余は争う。

被告の推計は、次のとおり不合理なものである。

1  類似同業者に係る資料の秘匿

被告は推計に際し匿名の類似同業者による平均算出所得率を適用しているが、同業者の氏名等を知らずして原告の反証は不可能である。仮に住所、氏名の開示が不可能であるとしても、住所、氏名を塗り潰した同業者の損益計算書及び決算書を提出することは可能であるにもかかわらず、被告はこれらの書類も提出しない。したがって、被告が推計の合理性を証するため提出した書証の信憑性が担保されているとはいえない。

2  推計方法の不合理性

被告は単純に原告の売上金額に類似同業者の平均算出所得率を乗じる方法により推計を行っているが、推計は納税者の個別的事情を考慮してより合理性の高い方法によるべきものであるところ、原告は同業者に比して外注加工の割合が極めて大きいという個別的事情があり(昭和五七年分が七四五五万二六八七円、昭和五八年分が八八〇〇万四五一一円、昭和五九年分が一億二〇七九万七四七二円)、一般に外注加工は内部加工に比べ利益率が極めて低いのであるから、このような場合、一般経費率で一般経費を推計し、これに把握可能な実額による特別経費(外注費、地代家賃、利子割引料等)を控除して所得金額を推計するという方式の方がより合理的であり、被告のように単純に類似同業者の平均算出所得率を適用することは許されない。売上金額からまず外注費を控除し、その後に類似同業者の一般経費率により推計した一般経費を控除して原告の所得金額を算出する必要がある。

原告の外注加工に係る平均利益率は三パーセントであり、類似同業者の外注加工に係る売上金額の総売上金額に対する平均比率は二〇パーセント、その平均利益率は六パーセントであるから、原告の事業所得を外注加工による所得と自社加工による所得とに分け、外注加工による所得については前記外注費に原告の外注加工に係る平均利益率〇・〇三を乗じて算出し、自社加工による所得については、自社加工に係る売上金額(総売上金額から外注加工に係る売上金額(右外注費に一・〇三を乗じた金額)を控除した金額)に類似同業者の自社加工に係る一般所得率(類似同業者の自社加工に係る売上金額(類似同業者の総売上金額から外注加工に係る売上金額(類似同業者の総売上金額に外注加工の平均比率〇・二〇を乗じた金額)を控除した金額)と類似同業者の自社加工に係る所得金額(類似同業者の総所得金額から外注加工に係る所得金額(類似同業者の総所得金額に外注加工の平均割合〇・二〇を乗じ、更に類似同業者の外注加工に係る売上の平均利益率〇・〇六を乗じた金額)を控除した金額)との割合の平均値)を乗じて算出すべきである。

したがって、右のような方法によらず、売上金額に類似同業者の平均算出所得率を乗じた金額を算出所得金額とする被告の推計方法は不合理である。

理由

一  処分

請求原因第一、第二段は当事者間に争いがない。

二  適法性

1  推計

抗弁1は当事者間に争いがない。

2  推計の必要性

抗弁2は当事者間に争いがない。

3  推計の合理性

<1>  売上金額(推計の基礎数値)

抗弁3<1>は当事者間に争いがない。

<2>  類似同業者の平均算出所得率

抗弁3<2>の第一段(ア乃至オを含む)、第二段の事実は、乙第二乃至第四号証、証人河田俊夫の証言並びに弁論の全趣旨によって認めることができる。

推計課税(所得税法一五六条)は、帳簿書類の不備、調査への不協力等納税者の責に帰すべき事由により課税標準を実額で把握することが困難な場合に、税負担公平の観点から、実額課税の代替手段として、合理的な推計の方法で課税標準を算定することを課税庁に許容した実体法上の制度と解されるところ、その推計の結果は真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足り(納税者の責めに帰すべき帳簿書類の不備や調査への不協力等があるのに真実に合致した値を要求し、それ以外は違法であるとして、当該納税者に税負担を免れさせることは課税庁に不可能を強いる上に推計課税制度そのものを否定し、引いては真面目な納税者を愚弄し税負担の公平を害して憚らないものであり、法の許すところではない)、その推計の方法も、実額近似値を求めうる程度の一応の合理性を有するものであれば足り、後日当該責めに帰すべき納税者が自己に有利な近似値算出方法をより合理的であると主張したからといって、それとの優劣比較を余儀なくされ、遡ってその効力を左右されるべき筋合いのものでもない。

被告が設定した類似同業者の抽出基準は、業種・業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等からして、原告との類似性を判別する要件としては一応の合理性を有するものであり、その抽出に当たり使用した資料は、いずれも正確な帳簿書類の整っている青色申告者の決算報告書で、内容について納税者と各税務署長との間で争いのないものであるから、その信頼性乃至正確性は高いものというべきである。さらに、抽出作業は恣意の入らない機械的な方法でなされており、五件という抽出件数も、原告の業種、業態、事業規模等に鑑みれば、一応各同業者の個別性を平均化するに足りるものというべきである。

したがって、被告が類似同業者の平均算出所得率を適用してなした原告の本件各係争年分の事業所得金額の推計は、実額近似値を求めうる程度の一応の合理性を有するものであると認められる。

ところで、原告は、抗弁に対する認否1、2のとおり、次のとおり被告の推計が不合理である旨主張するが、次のとおり採用できない。

ア 類似同業者に係る資料の秘匿

原告は、抗弁に対する認否1のとおり主張する。

しかし、同業者を匿名とし、その売上金額、算出所得の金額及び所得率のみを記載した税務署長作成に係る報告書(課税事績表)による同業者率の立証が、現在裁判上広く認められていることは裁判所に顕著な事実である。そもそも、税務職員には所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条一項により守秘義務が課せられている以上、住所、氏名等同業者を特定し得る事項を明らかにすることは許されず、また、住所及び氏名を塗り潰した損益計算書や決算書の写しによっても当該同業者を特定し得る場合もあり、他に守秘義務を保持しつつ同業者率等を立証しうる適切な資料もないから、右のような報告書による立証もやむを得ないというべきである。他方、納税者が類似同業者に係る資料を把握できず、反証が困難となるとしても、推計課税は納税者の責に帰すべき事由により実額課税ができない場合にやむを得ず行われるものであるから、第三者たる抽出同業者のプライバシーの保護を犠牲にしてまで原告の反証の手段を確保すべきであるとはいえず、しかも、納税者は自ら保持する帳簿書類等の資料を提出して実額を主張立証し、推計課税を覆すこともできるのであるから、当事者間の衡平が著しく害されることにはならない。

本件においても、前述のとおり類似同業者の抽出方法の無作為性及び資料の正確性等により被告の推計の合理性が担保されいている以上、原告の右主張は採用の限りではない。

イ 推計方法の不合理性

原告は、抗弁に対する認否2のとおり、別により合理的な推計方法が存在すると称して被告の推計方法が不合理である旨主張する。

しかし、前述のとおり、課税庁の推計方法は実額近似値を求めうる程度の一応の合理性を有するもので足り、右合理性を有する推計の方法として複数のものがあり得るとしても、課税庁はその合理的裁量により任意の推計方法を選択しうるものと解され、後日当該責に帰すべき納税者が自己に有利な近似値算出方法をより合理的であると主張したからといって、それとの優劣比較を余儀なくされ、遡ってその効力を左右されるべき筋合いのものでもないから、当該納税者は課税庁が採用した推計方法が実額近似値を求めうる程度の一応の合理性を有する以上、もはや別の近似値算出方法をより合理的であると称して、課税庁の推計方法との優劣を争うことは許されないものというべきところ、被告が採用した推計方法は実額近似値を求めうる程度の一応の合理性を有するものであることは前記説示のとおりであり、原告はもはや別の近似値算出方法をより合理的であると称して被告の推計方法との優劣を争うことは許されないから、原告の右主張はそれ自体失当というべきである。

なお、付言するに、原告主張の推計方法によるためには、原告の事業に係る外注費を実額で把握する必要があり、右実額は原告が自ら保持する資料によって証すべきであるところ、原告は、本件各係争年分の外注費に係る証拠書類として、当座預金元帳(甲第九号証の二)及び納品書、支払書等(甲第一一号証の一乃至甲第一三号証の一〇)を提出するが、右当座預金元帳のみによっては当該出金の支払先や原告の事業との関連性は不明であり、この点について明らかにする外注先からの請求書や小切手帳控等の証拠書類は提出されておらず、また、右提出に係る納品書、支払書等も全て原告の作成になるものであり、これらによって直ちに金銭の支払事実を認めるに足りず、本来右支払事実を証すべき書類(金銭出納帳、領収証、領収証控等)も全く提出されていない上に、証人小林祥吾の証言及び原告本人尋問の結果中外注費に関する部分は裏付けに欠け、信憑性に乏しいところであり、これらの点からも原告の前記主張は採用できない。

さらに、付言するに、原告は、原告には他の同業者に比して外注費の占める割合が極めて大きいという個別的事情があり、一般に外注加工は内部加工に比べ利益率が極めて低く、原告の外注加工に係る平均利益率は三パーセントであり、類似同業者の外注加工に係る売上金額の総売上金額に対する平均比率は二〇パーセント、その平均利益率は六パーセントであるなどとも主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿うかのような部分が存するが、いずれも裏付けに乏しく、採用の限りではない。個別的事情に関していえば、推計の方法としていわゆる同業者の平均値を用いる場合には、納税者と類似同業者との個別的な営業条件にある程度の差異があるのはむしろ当然のこととして予定され、ことの性質上、類似同業者との類似性を厳格に要求し、細部にわたる個別的な営業条件を抽出条件に取り入れることになれは、抽出件数が著しく減少又は皆無となり、その結果、納税者との類似性を追求するための抽出条件が無意味となることから、業種及び業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の基本的な要因において、類似同業者の抽出が客観的合理性を有するものであれば、同業者間に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異は、それが所得率等に影響を及ぼすことが明らかで当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、その平均値を算出する過程で捨象される性質のものであり、これを斟酌することを要しないものというべきであるところ、原告の事業において当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著な事情が存することを認めるに足りる証拠もない。

4  まとめ

以上によれば、原告の本件各係争年分の推計による事業所得金額は、昭和五七年分が一三三二万四四五〇円、昭和五八年分が一五七二万〇三三五円、昭和五九年分が二〇六三万七四九六円であり、いずれも本件各係争年分の更正処分における事業所得の金額を上回っているから、本件各係争年分の更正処分は適法である。

また、別表一の一乃至三のとおり原告が本件各係争年分の確定申告を過少に行ったことは明らかであるところ、昭和五七年分及び昭和五八年分は、国税通則法六五条二項(昭和五九年法律五号による改正前のもの)、昭和五九年分は、同条四項(昭和五九年法律第五号による改正後のもの)に規定されている正当な理由も見当たらないから、本件各係争年分の過少申告加算税の賦課決定処分も適法である。

三  結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

平成一一年二月一六日口頭弁論終結

(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 橋本眞一 裁判官 名越聡子)

別表一の一

課税処分等経過表(昭和五七年分)

<省略>

別表一の二

課税処分等経過表(昭和五八年分)

<省略>

別表一の三

課税処分等経過表(昭和五九年分)

<省略>

別表二

原告の事業所得の金額の算出経過表

<省略>

別表三の一

売上金額の明細

<省略>

別表三の二

売上金額の明細

<省略>

別表三の三

売上金額の明細

<省略>

別表四の一

類似同業者(事業所得)の所得率表(昭和五七年分)

<省略>

別表四の二

類似同業者(事業所得)の所得率表(昭和五八年分)

<省略>

別表四の三

類似同業者(事業所得)の所得率表(昭和五九年分)

<省略>

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